NLaEnMの日記

雑多。主に身内向けで真面目な話からふざけたものまで書いてます。

『FUYUKI REVIVAL』で再び駆け巡る第五次聖杯戦争

曰く、人間は記憶を思い出す際「再生」よりも「再認」の方が容易だという。

 

ここで言う「再生」と「再認」はそれぞれ

再生…記憶内容を何の手がかりもなく再現すること

再認…記憶内容を提示されたものの中から選出すること

という意味を持つ。

 

要は、何も見ずに自分の頭だけで思い出そうとするより、何か関連するものを見たり聞いたりする方が当時の状況を思い出しやすい、ということだ。

 

 

うん、やっぱりこういうお堅い書き方は私には似合わないかもしれない。上の話も、大学の講義で軽く聞いただけのものを書き起こしただけに過ぎないし。

話を戻そう。今回お話したいのはズバリ、TYPE-MOON展の事である。今回も良さについて感想を語っていきたいと思った次第。

予め、実際に行った人向けの内容となってしまうことを謝罪しておく。同じ景色を見た者たちと思いを共有したいという気持ちから本記事を執筆しているからだ。しかし本記事を見て興味を持ってくれたのなら、それはとても幸いである。

 

で、いったい最初のアレは何の関係があるんだ、と言うと。

 

ご存知だろう。FUYUKI REVIVAL。

Fate/stay nightの舞台となったジオラマによって再現し、プロジェクションマッピングによって第五次聖杯戦争の鮮烈な物語を映し出す展示だ。

 

以前の記事でも既に述べているが、私は原作ゲームを(全年齢版でいいので)クリアしてから展示を見に来ることを強く推奨している。

今回はその理由についてを存分に語りたい。

 

 

REVIVAL...リバイバル。直訳で「復活」を意味する。また、「再上演」という意味もある。

まあ、この場合どちらに当てはめてもいいだろうが。

 

そう、「再上演」である。

ここで最初の話を思い出していただきたい。「人間の記憶は再生よりも再認の方が容易である」という話だ。

PC、PS2、それともPSvitaか?いずれにせよ、あの物語を駆け抜けたはずなのである。

それを我々は、FUYUKI REVIVALで「再認」しているのではないだろうか。あの輝かしくも儚い思い出を思い起こしているとしたら。心動かされ涙するのも当然だろう。

 

語彙力の無い人間なので月並みな表現になってしまうこと、誠に申し訳なく思う。しかし心動かされたのなら、その思いは形にすべきだろうと思い今もこうして記事を書き進めている。

あの展示は非常に良くできていた。非の打ち所がない程に。

 

もちろん製作スタッフはプロだ。そういった理論を理解したうえで効果的な演出をしているのだろう。だとしても私は最大限の賛辞を贈りたい。

 

例えば、壁面に映し出されるプロジェクションマッピング

ゲーム内での立ち絵や背景、一枚絵の演出に今の技術を加えた迫力あるエフェクトはまさしく「物語の再演」と言えるだろう。

 

例えば、名場面と共に流れる楽曲。

メドレー形式になりアレンジも加えられているが、各シーンで流れたBGMはゲーム内の曲目と完全に一致している。

サウンドトラックというのは良い。いつか駆け抜けた物語を脳裏に蘇らせてくれる。

これも「再認」が大きく関わる要素のひとつではないか。

 

場面の選出も良い。大切なところを的確に突いてくる。テンポの良い場面転換だってそうだ。

と、挙げだしたらキリがない。

 

 

『FUYUKI REVIVAL』。我々はあの場所で、いつか歩んだ思い出の物語を胸に仕舞ったアルバムから取り出し、その色褪せない尊さに涙するのかもしれない。

だから未だその「思い出」を持たない人へ。結末を識っていようとも、一度手に取ってプレイしてほしい。

そして願わくば、この『TYPE-MOON展』の足を運んでほしい。そこには「思い出」が貴方を待っているだろうから。

 

 

 

さて、ここまで己の語彙力を総動員して書き綴ってきた訳だが。やはり私にこの手の才は無いと見える。冗長で見にくい醜い文章の出来上がりだ。

それでも。ノートに書き殴ったようなこんな感情を、どうにかして形にしたかった。

だから満足。悔いはない、と言いたいが。まだ語りきれてないような気もする。でも今の自分に書けることは書いたので。何か浮かんだら追記したり新しく記事を設けるなりしよう。

 

 

それじゃあ、劇場版3章が公開されたらまた足を運ぼうかな。

今度はちゃんと「桜のバースデーケーキ」を拝みたいし、ね。

 

 

 

 

きっとそこには、春が待っている。